エントランスホール

entrance

ロディ邸はドイツからアメリカを通じてカナダに移住したグスタフ、マチルダロディ夫妻のために、1893年に建てられました。グスタフがバンクーバーに辿り着くと、彼はブックバインダー及びプリンターを職業としました。ロディ邸の設計は、彼の若き友人、フランシス・モウソン・ラテンベリーによるものです。フランシスはバンクーバーの第二裁判所(現バンクーバー美術館)、エンプレスホテル、その他の主な委託された建物によりブリティッシュコロンビア州で有名な建築家となった人物です。ロディハ邸は非対称型のベランダ・湾向きの窓・タレット【小塔】といった構造を持ったアン・リバイバル女王型を持っているのが特徴です。

ロディ家が1925年にこの家を売りに出した時、ロディ家は「男性のための下宿屋」となり、毎日の食事を用意していた家政婦により経営されていました。その後、単なる下宿屋となったことで、内装及び外装は明らかに劣化してしまいました。そのために1970年代中盤には、この家を含むこの一画の家々は公園を造るために取り壊される対象となりました。しかし、それに不安を抱いた市民が立ち上がり、その計画は現存する「バークレー遺産公園」計画へと姿を変えました。新たな計画はロディハウス博物館と他8つの建物を含む公園を提案しています。市はロディ邸を遺産と認定し、その外装の改修を手掛けました。

一方新たに結成されたロディハウス保護団体が1984年、内装の改修及び家具の配置を始めました。それは非常に綿密な作業でした。羽目板と鋳型に使われたこの地方の西部海岸のモミ、シーダーは1890年代には豊富にあり価格は安く、塗装材とニスの層で覆われていました。床材には汚れが深く染み込み、壁は壁紙の層で覆われていました。改修作業が進むにつれて、木造部分は取り除かれ、元々あった光沢のあるシーダー材に改修され、壁のターコイズ色が露出しました。

探してみてください:

1.1896年頃の家族写真

グスタフ、マチルダ、グルタフJr. 、養子のウォルター、ビル、エマ

2.階段親柱のランプ

「Aurora, Goddess of the Dawn」【オーロラ、夜明けの女神】

3.スタンドガラス

4.造り付けの吊るされたライト

バンクーバー最初の文書局員であったメジャー・スキット・マシューの家に

元々あったものです。

 

ポケットドアを通ってパーラーに入って下さい。

 

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